竹の子族のファッション

70年代末、芸能人ではない、一般人のステージ衣装が注目された時期がありました。79年夏から原宿歩行者天国では奇抜なファッションに身を包み、ラジカセから流れるディスコ音楽や歌謡曲に合わせて独自の振り付けで踊るツッパリ、暴走族の若者達が急増しました。彼らが着ていたステージ衣装は、「ハーレムスーツ」と呼ばれています。前年1978年にオープンした「ブティック竹の子」の洋服が多かったので、こうした若者達の集団は「竹の子族」と呼ばれ、マスコミが取り上げたことで、全国的な話題となりました。
「ハーレムスーツ」の特徴は、素材には赤やピンク、紫などの原色の化繊、デザインは和服やチャイナドレスをベースにしながらも暴走族の特攻服風のだぶだぶシルエット、同様にだぶだぶのハーレムパンツは足首をギャザーで絞るというものでした。ハーレムスーツは、「ブティック竹の子」以外では、自作のものも多かったようです。この衣装にやはり原色のハッピ風上着、名札やリボン、ロングネックレスやぬいぐるみで飾り立て、足元は踊りやすさを重視した学校の上書きやカンフーシューズでまとめられました。着替えとメイクは、ステージ衣装を紙袋で持ってきて代々木公園で行われていました。歩行者天国が彼らのステージなら、代々木公園は控え室だったようですね。

竹の子族と50’s

その後、竹の子族は80〜81年を全盛期に、81年頃から勢力を増した「ローラー」「ロックンロール族」と呼ばれる、やはりラジカセ音楽でジルバやツイスト踊るツッパリ、暴走族の50’sグループに押されるように消えていきました。50’sの好んだファッションは、まさに50’sファッション。こちらも「竹の子族」同様、多くの若者が原宿にある50’s専門店の洋服を着ていました。
50’sは竹の子族失速後の80年代初めを全盛期に、80年代半ばまで歩行者天国で見られ、後のバンドブームに続いていくこととなります。