アイビールック〜アメリカの若者文化

60年代のファッションを語る上で欠かせないブランド、それがVANです。1951年、石津謙介が大阪で設立した有限会社ヴァンヂャケットは56年からアイビー・ルックを提唱し、59年にアイビースーツを発表。この頃からアイビー・ルックは瞬く間に若者の間に広まり、一時代を築き上げました。みゆき族がこぞってVANの紙袋を手にしていたのも象徴的です。
VANの魅力は単にファッションスタイルだけでなく、アメリカの若者文化、ライフスタイル、精神そのものを日本に紹介し広めようとした点です。社長である石津謙介は、メディアにも積極的に登場し、ファッションをビジネス面からも変えていきました。アイビー・ルックで一大ムーブメントを巻き起こしたVANが1964年に移転した青山は、VANのファンの若者が集い、VAN関連施設が軒を並べる「VANの街」と呼ばれていました。ちなみに大阪のVAN設立の場所が、現在では「アメリカ村」と呼ばれていることもVANが単なる一ファッションブランドではなかったことの証と言えます。

その後のVAN

事業の拡張が続いたVANは次第に石津のコントロールすら及ばなくなり、ついに1978年に倒産してしまいますが、熱烈なファンの多かったVANは、1981年にOB等の手によって復活します。石津は復活したVANに顧問として迎えられますが、常に最新のファッション界を見据える石津は再びVANの表に出ることはありませんでした。
しかし、ファッション界から遠ざかったわけではありません。最近は多くの企業が導入し、もはや珍しくなくなった「フライデー・カジュアル」。この概念を生み出し、企業からではなく自治体である岐阜県庁に導入を働きかけ、一気に世間に広めたのが石津です。VAN同様、ファッションを単に洋服のデザインや組み合わせだけでとらえるのではなく、その背後にある精神面をも広めていく。この考え方は、VAN時代から何も変わってはいなかったようです。